#夏の放課後









真夏の低い空に一筋、ジェット機が尾を引いて飛んでゆく。
遠くから薄くなった轟音が響いて、わずかに窓ガラスが揺れた。
風は生ぬるく教室のクリーム色のカーテンを膨らませ、けだるい午後の授業中の黒板を時折ちらちらと隠す。
佐助はあふ、とちいさく欠伸をし、端から消えていく飛行機雲を眼で追った。
(明日も晴れだなあ)
1時間ほど前に食べた昼食の栄養が全身に滲み渡ってくるようで、瞼はだんだん重たくなる。
(空、青いなあ...)
2階の教室の窓から見える景色が、佐助は割と気に入っていた。
窓際の一番後ろというベストポジションを手に入れてから、佐助はずっと窓の外ばかり見ている。
縁取られた世界の一番下は背の低い木のてっぺんからはじまって、緑のフェンス、その向こうに薄く学校周りの道のアスファルトが見えて、丘の上に立つ校舎から見下ろす住宅街のごみごみとした光、豆粒のように小さく動く車や電車、ずっと遠くに連なる影のような山、そして眩暈がするほどに青い真夏の空。
入道雲がもくもくとわいて、蝉の大合唱を背景に、今が夏なのだと全力で訴えかけてくる。
(あ、つ...)
佐助はぺたりと机に伏せた。滲む汗でワイシャツが肌に張り付くのが気持ち悪い。ヘアバンドとピンでとめた前髪はいいとして、後ろ髪がうなじに汗をかかせる。
(ねむ...い...)
「じゃあ問3は、幸村」
隣の席に座る幸村が、教師に当てられた。
「さ、佐助、助けてくれ」
切羽詰った小声が聞こえるが、体がどうにも動かない。
顔は窓に向いているから、幸村がどんな顔をしているかもわからない。多分、捨てられた子犬みたいな顔なんだろうとは思う。
「佐助ェ」
(ごめん、旦那...俺様、ここまでみたいだ...)
佐助は心の中で死亡フラグを立てて謝りながら、ゆっくりと目を閉じた。
瞼の裏には真夏の青空と入道雲が焼き付いていて、佐助はその青の中を、ずっと遠く山の向こうまで泳ぐような夢を見た。




「酷いではないか、佐助!」
「だから、ごめんってえ」
結局佐助は5限、6限と寝通して、放課後になってようやく幸村と昼ぶりに会話をした。
空の弁当箱と、財布、MDとちょっとしたお菓子などの入った、すかすかの鞄を背負って幸村と連れだって教室を後にする。
「問3はさるすべりであった!」
「よかったね」
「よくない!間違えた!」
「いいじゃない、よくあることだよ」
「よくない!」
幸村は、図らずも無視をする形になってしまった佐助にへそを曲げてぷりぷりと怒っている。
「ごめんね、今日は帰り自転車俺様がこぐからさあ」
2人は訳あって、同じ屋根の下に住んでいる。
この学校の体育教師、武田信玄の紹介してくれた家でルームシェアのようなことをしているのだ。
なぜ信玄が世話を焼いてくれるかというと、佐助は孤児で信玄に引き取られ、幸村は信玄の親しい友の息子だから。らしい。
そのあたりは実は本人たちもよくわかっておらず、とりあえず義理の父親のように思っている。
もっと小さい頃は2人とも信玄とともに彼の屋敷(すごく大きな、まるで料亭のような家だ)に住んでいたのだが、高校に入ってからは「自立するのだ!」とかなんとか言われて、がっはっはと豪快な笑い声とともにほっぽり出された。
もともと家事全般をこなしていた佐助が一緒なので、幸村はあまり自立しているという風ではないのだが、それは別にいいらしい。
「...今日の夕飯はハンバーグがいい」
「はーいはい」
どうやら幸村は一応機嫌を直したらしい。
佐助は相変わらずお子様味覚の彼にむずがゆいような笑みを浮かべて、上履きを下駄箱につっこんだ。
「お、今帰りかー?」
と、後ろから声をかけられ、あーと振り向く。
「うん、チカちゃんたちも今帰り?」
「おう。今日はホームルーム早かったんだよな」
友人の元親と、彼のクラスメイトであり同じく友人の政宗が、ローファーに履き換えながら片手をあげている。
「Hey、真田はなんでふくれっ面なんだ?」
政宗が幸村を突っつきながら言う。
「伊達殿には関係ないでござる!」
「んだよ、つれねーこと言うんじゃねえよ」
「長曾我部殿にも関係ないでござる!!」
「あはは、眼帯コンビには言いたくないってさ」
結局、この4人はいつもなんだかんだで集まってしまう。
昼を食べる時も暗黙の了解で、放課後も示し合わせたわけでもないのに大抵下駄箱ではち合わせる。
つまりは腐れ縁なのだ。2年目になる高校生活(元親だけは3年目なのだが)が始まってすぐに4人同じクラスになり、仲良くなった。クラス替えのあともやっぱりつるんでいる。
佐助、幸村が1台の自転車を二人乗りして学校に通っているのと同じく、元親と政宗も家が近いことを理由に2人乗りできている。
で、佐助たちの住む家と彼らの家もまた近く、こうして一緒に帰るのも恒例なのである。
自転車置き場に向かいながら、幸村は元親と政宗につつきまわされ、佐助は苦笑しながらそれを眺めていた。




自転車のペダルをぐいと踏み込む。
校門から出て右に曲がると、薄く茂った木々の向こうから、遠くの方から夕焼けが迫ってきているのが見えた。
下り坂を降りながら左手に見えるその景色に目を細めながら、佐助は大声で叫びたくなった。
(夏だなあなんてね)
「夏でござるな!」
「夏だなー!」
「Summerだぜ!」
と、ちょっと恥ずかしいから言わないでいたのに、あっさり他の3人が大声で口に出してしまった。
(ばかばっか!)
むずがゆい気持ちでニタニタと口元に我慢しきれない微笑みが浮かぶ。
なんだかんだつるむのは、やっぱりこのメンバーが好きだからだ。
こういう馬鹿なことをやってのける、この瞬間がたまらないのだ。
「そんなの、俺様が一番最初に知ってたもんね!」
蝉の鳴き声、遠くの電車の軋む音、他の下校生のざわめき、茂る青葉のにおい、夏の放課後の日差し。
なんだよそれ!とかいう3人の声を聞き流しながら、佐助は勢いよく空回るペダルに足をひっかけて大声で笑った。









説明文^▽^