「佐助、今日の夕飯はなんだ?」
幸村の声。ちょっと子供っぽくて、でも凛と通る、彼だけの声。
「むう、佐助はこんなに苦いものが好きなのか?」
佐助のカップからコーヒーを盗み飲みして、顔をゆがめる。
「だ、大学とは大変なところだな」
レポートをまとめている時、わからないのに首を突っ込んでは見事にオーバーヒートする。
「佐助は嘘が下手だな」
まるで年上みたいに、頭をなでる手。初めて聞いた言葉。
(そんなこと)
「俺は佐助のそういうところも、」
あの日の夕陽はまだ覚えている。逆光になった幸村の、それでも消えない笑みも。
(そんな、こと)









「佐助!」
びくっと体が跳ねて、一瞬、ここがどこだかわからなかった。
よく見れば、自分の部屋の玄関で、どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
(ガキか、俺は...)
「佐助、大丈夫か!?」
はっとする。そもそも彼の声で目が覚めたのだ。
(旦那...なんで)
「佐助!佐助!」
彼の必死な声。初めて聞いた。
「佐...」
「だ、大丈夫だよ!」
「佐助!」
かなりドキドキしながら、それでもこんな大声を出されては無視するわけにもいかず、返事をする。
(あれで終わりだと思ってたのに)
「心配した...来るなと言われたが、どうしても気になって」
少し弱い声。これも初めて聞いた。
「来てみれば、もう夜も遅いのに灯りも付いていなくて、その...」
声を聞きながら、佐助は膝に顔をうずめる。
「...もう一度だけ、顔を見て話がしたい。開けてくれないか」
(旦那...)
「...佐助、頼む」
ドアの外の気配が、一層近づく。
冷たい鉄の扉のすぐ向こうに、幸村がいる。
「佐助」
しん、と心にしみこむ声。
脇腹の傷が疼く。
(だめなんだから...こんなのは)
そう思うのに。
体が勝手に鍵を開けてしまう。
ドアがガチャリと音をたてて、ゆっくりと、開いていく。
片手にコンビニのビニールを持った幸村が、そこにいた。
「泣いていたのか」
「そう見える?」
「ああ」
「うそ、泣いてないよ」
しゃがんだままの佐助に合わせるように、幸村が身をかがめて、佐助を力強く抱きしめた。
「ちょ、旦那!」
「お前は本当に、嘘が下手だな」
「何...言って...」
ビニールがガサガサ音を立てる。
初夏の夜風は少し生温かくて、触れ合ったところが熱くてしょうがない。
「顔を見て、安心した。嫌われたわけではなかったのだな」
「だ、だから、」
「俺は...前にも言ったがな。佐助、お前のそう言うところも、全部好きなんだ」
耳元で、そっと囁く。
幸村は、佐助にできないことを、驚くほど簡単にやってのける。
本当に驚くほど、単純に、簡単に。
(...かなわない)
「佐助?」
「いいよ...もう」
「え?」
「だから、いいって!」
佐助の傷跡はまだ痛む。これからもきっと痛む。
(でも...でも、ほんのちょっと、なら、)
「飯、まだでしょ。入って」
「佐助...」
「言っとくけど、昨日の残りだからね」
幸村の腕からのがれて、プイと部屋に入る。
彼は少し間を置いてから、続いて入ってきた。
悔しいけれど多分、笑っていたんだと思う。
カーテンを閉めて、電気をつけて、外からガタゴト、カンカンと踏切の音。
古臭いちゃぶ台に昨日の夕飯の残りを出して、二人で囲めばいつもどおりだ。
「ウム、うまい」
「昨日も食べたでしょ」
「だがうまい」
「...あっそ」
ほんと、かなわないよなあ。この人にはさ。
もりもりとおいしそうに夕飯を食べる幸村に、佐助はいまいち釈然としないながらも、不本意な幸せをかみしめるのだった。



















「ところで、その袋、何?」
「ああ、これか。コンビニでプリンを買ってきた」
「なんでまた、プリン?」
「佐助の機嫌が悪そうだったからな」
「プリンで俺様釣ろうとしたわけ...?」
「む、プリンは嫌いか?」
「き、嫌いじゃないけどさあ...」
「ならよかった。俺もプリンは好きだからな」
心底うれしそうに笑う。
(かなわないよ...ほんと...俺様安く見られすぎじゃない...)
でもプリンはおいしかった。おそまつさまです。









現代パラレルはこれが基本スタンスになります。
両想いなんだけど過去のトラウマから素直になれない佐助と、それをひっくるめて愛する懐の深い旦那。
夢見がちってよく言われます。