佐助くんの夢の話
そうさわからないことなんかあるもんか!
佐助はずっと走った。長い長い道を走った。
朝が来て昼が過ぎて夜を突き抜けて、また太陽が東の空から顔を出しても、時々見当違いな方向から光がさしたって、構わず走った。
地面はでこぼこで乾いていた。砂煙をあげるようなさらさらした土じゃなくて、ずっと誰かに踏み固められた硬い道だった。
白く光る花がたくさん咲いていた。蛍のような光がそこを飛んでいた。
頭は熱くて、体の芯は寒かった。指先はびりびり痺れていた。
いつしか道は途切れた。ふっつりと途切れた。
花が生い茂って地面は見えなくなって、佐助はそこでようやく足を止めた。
もうずっと何年も走り続けてきたみたいだった。
遠くに一羽鳥が飛んだ。佐助が願っても飛べないくらい高く。
わからないことなんか!
一歩踏み出した先はやわらかく、花の茎の折れた青いにおいが佐助の頭をぱっと爽やかにさせた。
そしてまた走り出す。長く走ったこともわからないくらいに元気よく。
途中に足元でぱきぱきと音がした。乾いた骨を踏む音だった。
「わああああああああ!」
一歩、二歩、三歩目で思いきり地面を蹴った。
鳥が飛ぶ後を追って空へ跳んだ。
一瞬がまるで永遠のように長く、佐助の体は空をぐるぐるすごいスピードで回る太陽と月に照らされて、鳥はちらりと佐助を見てシニカルな笑みを浮かべた。
「お兄さん、やるね」
ぐるりと世界が回る。鳥の羽根の先がちらっと太陽を横切った。佐助の頭の上には白い花畑がある。太陽も月も足元。
空を足でかいて笑った。飛ぶのって簡単なんだ。
佐助は笑いながら飛んだ。空を蹴って地面に。お兄さん、やるね。星が回る。魂が突き抜けていく。真っ暗。
枕木をぎしぎしがたがた言わせながら電車が通る。
目を覚ますと、いつものアパートの布団の上にいた。
テーブルの上と枕もとにビールの空き缶がたくさんあった。頭がずきずき痛む。
「夢かあ」
お酒飲みすぎちゃった。一人で。
大学はまだ長い夏休みの真っただ中で、サークルにも入ってない佐助は特にやることもなくて、それで家で一人酒盛りをした。
普段ならそんなに飲みすぎたりしないけど、昨日は違った。
(ちゅうされたから、確か)
真田幸村に。年下に。男に。恩師の大切な教え子に。
なんとなくそんな雰囲気ではあった。なんとなくだけど。だから彼を責められない。流された自分も悪い。
それが男の子と女の子だったら、普通だ。そこからお付き合いだって、始まるかもしれない。
(俺たちは隠れて隠れて生きていかなきゃならない、のかな)
だって男同士なんてね。普通じゃないもんね。世間様に顔向けできない。
(あれはきっとわかってない。そんなのはいけないことなのに)
幸村はいつだってまっすぐだ。馬鹿みたいにまっすぐだ。
佐助の作った大きな迷路なんか、ひょいひょいずるして飛び越えて、まっすぐ佐助の心に辿りつく。
佐助はほんとうにそれが困る。ほんとうに困る。
佐助は窓の外を見た。もう太陽は空のてっぺんにまで昇っていた。
電線に止まっていた鳥が、またがたごと走ってきた電車に迷惑そうに飛び立った。
忘れようか、忘れまいか。答えは決まってる。けど、頷きたくない。
昔から、自分の見た夢のことはよくわかる性質だった。だって自分の考えてることだ。わからないはずがない。
考えるのが嫌だった。好きとか嫌いとか、そういうのが苦手だから。
「おなかすいた」
枕に顔をうずめて呟く。
「すごくおなかすいた」
恋人とかどうでもいい。好きも嫌いも関係ない。
問題なのは、今すぐに食べるものがないこと、頭がひどく痛むこと、夕方からバイトがあること。
「...おなかすいた。ばか!」
枕を投げた。空き缶の山にぱすんと当たってからんからん音がした。
どうしようもなくなって、また目を閉じる。寝て起きたらバイト行こう。夏は暑い!
1950年とかその辺の、しょっぱい大学生。
自分の気持もさることながら、世間体とかすっごい気にするけど、深層心理はユーさっさと告白しちゃいなYoな佐助。
ていうかもう、なんかもう、好きだよね佐助は幸村のことが。
トラウマとかとっくにどうでもいいんじゃないかな。
トラウマを盾にしてあかんでー一線超えたらあかんでーみたいなポーズつくってるんじゃないかな。なんてな。
幸村でてないけど幸佐と言い張ります。自分が楽しければそれでいいじゃんね?じゃんね?