それは白く凝ったまま還ることもせず   





水蒸気









あんたの中には夜叉がいて、それはいつでも血に飢えてる。

その刀で人を斬って斬って斬って、自分のこころも簡単に切り捨てて、それでも、斬る。

血を吸った夜叉は鈍く光る。その魂も。あんたの魂も。

あんたはその夜叉を、魂を否定するけれど、
そんなこといつまでもしていれば、あんたはいつか壊れてしまうよ。






「総悟、頭でも打ったか?見せてみろ。」

「ぶん殴りやすぜィ、土方さん。」

俺が真面目な話をすりゃ、すぐこれだ。傷つく。やってられない。

「冗談だ。…で、夜叉がなんだって?オメェ、ハゲるって?」

「誰もハゲるだなんて言ってやせんぜ。むしろハゲは土方さんの方でしょ。
 俺が言いたいのは…」






…俺が言いたいのは。

土方さんは人を斬るのが好きだということ。

でも土方さんはそれを認めたくなくて、つっぱねているということ。

そしていつまでもつっぱねていれば、土方さんの魂がくすんでしまうということ。

魂が死んでしまうということ。

俺は土方さんが好きだから、土方さんにはいつまでも土方さんでいて欲しいということ。






言葉にはできなかった。

だって、なんて言ったらいいんだ。

土方さん、あんたは人殺しが好きなんだから、遠慮せずに斬り殺せばいいよ、とでも?

そんな馬鹿な。斬り殺される。

きっと避けられるけれど、でも、土方さんは俺を嫌うだろう。

それは避けられないし、耐えられない。

仮に、俺は土方さんのことが好きなんだよ、って言ってみたところで、

気色悪がられるだけだと思うから、だから、もう他に言うことなんかない。






「俺が言いたいのは、なんだよ。」


不機嫌そうに睨む鋭い目。そこに映り込む己の髪の切っ先に、思わずどきりとする。

この人はいつもこうして、何気ない、なんてことない動作の中でさえ俺を惹き寄せるのだ。

わかってもらえないのが悔しい。俺はこんなにあんたを想ってるのに、と思う。

何を言えば俺をわかってもらえるんだろう。
愛の告白も軽薄な皮肉も、何の役にもたたないこの状況下で。


「…俺が言いたいのは、土方さんの社会の窓が全開だ、ってことでさァ。」


見たわけじゃないけど。仮に全開だったとして、絶対に教えてなんかやらないけど。

この人の反応はいちいち面白いから、こういうことを言うのが好きだ。

あまりよろしくない雰囲気を誤魔化すのにも最適で、

今回もやっぱり、いつものリアクションで俺に対する怒り以外、ふっとんでしまうに違いない。

そして俺のこの気持ちも、一緒になって吹っ飛んで、
水蒸気みたくしゅわしゅわ音を立てながら空にのぼって行けばいいのに。






憂鬱になって空を見上げると、隣でファスナーを上げる音がした。

本当に開いていたのか。なんて恥ずかしい大人だろう。威厳もへったくれもあったもんじゃない。

そういうことは早く言え、と怒鳴って歩き去って行く土方さんを見てみると、耳が真っ赤になっていた。

面白いな。ほんとうに面白い。ただそれだけではないけれど、それでも面白い。






…ああ、でも、こんなこと言いたかったわけじゃないのに。

いつもこうだ。上手くいかない。

気付くと別の方向に向いてしまう流れをどうやって正せばいいんだろう?

馬鹿なことばかり飛び出すこの口を塞いでしまって、

でもそうしたら、赤くなった土方さんも見れなくなるから駄目かな。

俺は自分が好きだけど、土方さんといる時の自分は大嫌いだ。

でも土方さんのことは好きで、もうよくわからない。

寝てしまおう。アイマスクはいつもポケットに入っているから。

眼を閉じて、頭ん中からガラクタを全部追い出して、溜め息をつこう。






あーあ ほんとうはもっと、気の利いたこと言いたかったのになあ。