引き戸のたてる僅かな音と、吹き込んでくる初夏の風に、土方は慌てて目を瞑った。


(総悟…)


部屋の戸が開かれる前から、ここに沖田総悟がやってくることは判っていた。
沖田が気に入っているからと、わざわざこの部屋まで来て煙草を吸っているからだ。
それというのも理由は明快、土方が沖田に惚れているのである。
男同士で、しかも上司と部下という立場ではあるが、
土方は感情を殺すことに長けてはいなかったし、
仮にできたとして、そんなことはしたくないと思っていた。
ただ、本人にそうと知られることだけは避けなければと考えている土方は、
多分、沖田に詰問されてしまえば、堪えきれずにそれを喋ってしまうであろうことも自覚していた。
普段土方は強い立場にいるはずなのだが、自分の部下である沖田にきつくものを言われると
どうにも心がぐらついてしまう。
惚れた弱みというのともまた違う、なにかこう、自分だけに有効な力を彼は持っているのではないかと、
土方は常々思っていた。馬鹿げた話である。
まあその理由がなんであれ、土方は反射的に寝たふりをすることを選んだ。
自分が起きていると彼に知れれば、何故こんなところにいるのかとか、いろいろ聞かれてしまうだろうな、
と思ったからであって、決して
(もしかして、もしかすると、寝てる俺にこっそり見惚れっちまったり…!)
などと不埒な考えを持っての行動ではない、と、土方は信じたかった。


そうこうしているうちに、沖田が静かに近付いてきて、土方の傍らに腰を下ろした。
彼独特のほのかに甘い香りが鼻腔を刺激し、僅かながらまつげが震えてしまうのを感じる。
それに気付いたのか、沖田は、ふ、と息を吐いて少し身をかがめ、必死に狸寝入りを続ける土方の顔をじっくりと眺めた。
視線がゆっくりと動いて、しばらく一点でとまる。


(近い…顔が近い…)


心臓がすさまじい勢いで脈打つのがわかる。
頭のほうに血が上っていくのを感じるが、心臓の音が彼に聞こえやしないかと顔が青褪めたので、
プラスマイナスゼロでいつもの顔色を保てている、と土方は思った。
実際にそうなのかはわからなかったが。
随分長い間そうしていたかと感じたが、実際はそれほどでもなく、ほんの数秒らしかった。
当たり前だが、そのほんの数秒を土方に残し、沖田は何もせずに音を立てずに離れていった。
土方は、ほっとしたような残念なような、妙な気持ちになる。
沖田という存在がぽっかり抜け落ちてしまったこの部屋は、前ほど素晴らしい場所とは思えなかったし、
狸寝入りを勘付かれなかったことを喜ぶ気持ちよりも、
やはり彼の存在を恋しいと感じる心の方が強かった。


もう少し、こう、そこがこうなって、ああなっていたらなあ、と口の中でもごもごやっていると、
行ってしまったはずの沖田が傍に戻ってきた。
そこでまた、嬉しいような困ったような不思議な気持ちが湧いてくる。
先程の感情など一瞬にして消え去り、
この部屋がどこよりも素晴らしい場所のように感じられる土方の頭は、
己の感情の都合の良さなど綺麗さっぱり忘れているし、そういうところもやはり都合が良かった。


傍らから聞こえるもそもそ動く音が気になり、うっすらと目を開けてみてみると、彼は座布団を枕代わりに
土方の腰のあたりに頭を寄せたまま、土方の腕に手を伸ばしているところだった。
思わずびくりと震えそうになる身体をどうにか気合で押さえ込み、
何をするのかと先程よりも大きく目を見開き、彼を見つめる。
沖田は、完全に目を開けている土方には気付かず、
土方の腕をとってその掌を目元に当てた。そしてすぐに、そこにやんわりと手を重ねる。


(総悟…!!!!)


すさまじい勢いで顔が赤くなっていくのがわかった。
耳の奥でごうごうと血の流れる音が聞こえ、額にじわじわと汗が浮いてくる。
それでも必死に音を立てまいとして、きつく目を瞑り…かけたが、
未練がましくちらりと沖田を見てしまった。


土方は、満足そうに弧を描く沖田の唇に気を取られ、
自分の咽喉が戦慄いていることについに気付くことはなかった。