人を斬った。
助けてくれと命乞いをする人を斬った。
「これが俺達の仕事だ」
震える刀を収める音の向こうに、低い声が聞こえる。
視界の端にちらつく鮮やかな色の羽虫が、空の青さに溶けて消えてゆくのが不思議で、口を閉ざしたままただ頷いた。
オレンジバタフライ
「蝶が見える」
夕暮れの畦道で沖田が言った。
人を斬ったあの日から幾年も流れた秋の、仕事帰りの道でのことだった。
「土方さん、ひとを殺しやしたねェ」
沖田の言動はいつも突拍子がなく、彼の相手をする近藤を筆頭とした他の隊士たちも今は、いない。
仕事を終えたあとの彼との会話は、土方をとてもいらつかせる。
なのにいつも、気が付くと沖田と土方は、二人きりになっているのだ。
不機嫌で、不愉快で、体中の細胞すべてがざわざわとざわめくある種の興奮を、土方は彼といると、押し殺せない。
「それが俺達の仕事だ」
思い出せる限り、この言葉以上の慰めはない。仕事なのだ。
人を殺すことが仕事だとは言わないが、それでもそれは、避けては通れない道で、そのことを沖田が知らないはずは無いのに、しかし彼は改めて確認するようにそれを口にする。
彼自身は、人を斬ってはいなかった。
しかしそれも今日この日のことだけで、沖田の手は拭う事の出来ない血の匂いにまみれている。
その事実をまるで気にしていないように、あっけらかんとした口調で沖田は続ける。
「ひとを殺すと、蝶が見えるんでさァ」
いつも、仕事をこなした後、沖田はいつも目線だけで何かを追っていた。
どうせまた妙なことでも思いついたのだろう、と、気にはしていても追求することは無かったのだが、彼はそこに蝶を見ていたのだという。
「朱金色の、大きな羽の、その向こうに、」
言いながら、何かを掴むように、灰色の街を焼きながら落ちてゆく太陽に手を伸ばす。
驚くほどに白いその指が、火がついたように赤く染まる。
「あれは不幸を乗せてくる」
先を行く彼が振り向く。
背に街を背負い、いつものように飄々とした表情のまま、伸ばした指先は、刀の柄に。
「土方さん、あんたには見えないでしょうけどね」
黄金色の髪が燃える。
灰の匂いを含んだ風が吹きぬけるその時、震える指先に、朱金色の羽が触れた。