その後姿を見るたびにぎらぎら血走った目で斬りかかるのに、どうしてだか未だにあの男は生きている。
正面からは、駄目だ。あの切れ長の黒い瞳に見つめられると息が詰まる。
開いた瞳孔はこわい。それは死人の目だ。だからだ。
胸が高鳴るのは恐怖だ。手に汗が滲むのは焦燥だ。体温が上がるのは憤りだ。


「オイ、総悟」


ふてぶてしい態度で話し掛けられるのは嫌いだ。頭から押さえつけられるかんじがして落ち着かない。
けど、それを素直に口に出すのも、なんだか面倒くさい。何から説明すればいいのかわからないし、考えたくも無い。
だからいつも何も言わないけれど、話し掛けられるたびに俺がイラついてるってことに、どうにか気付いて欲しいものだ。


「なんか用ですかィ」
「見廻り行くぞ」
「一人で行ってくだせぇ、俺ァちっとやることがあるんで」
「そのやることってのは昼寝か、昼寝か、もしくは昼寝か」
「惜しい、縁側で昼寝でさァ」
「よし、上着着たな、行くぞ」


上着なんざ最初から着ている。強引に引っ張られる左腕が痛い。そしてその根元にある、胸のあたりも、痛い。
不愉快なのだ。躊躇いもなく触れてくる掌は顔に似合わず熱い。火傷でもしたらどうする。


「冷水で20分」
「あ?」
「俺、傷物にされちまった」
「ああ、そうかい、そりゃ災難だったな」


屯所の敷居をまたいだ瞬間に放される腕。熱の引いたそこは冷たい。今度は風邪をひく危険性がでてきた。
人の気持ちを考えないその態度にイライラして、表情が読み取り辛いとよくいわれる顔面にそれを上らせると、でも、この人はすぐにそれに気付く。
気付いて、「団子でもおごってやる」と苦笑し、頭をぽんと叩いてくる。無遠慮な態度だ。
のんきに煙草をふかしながら前を歩く黒髪はどうも、自覚が足りないような気がする。
自分の手がどれだけ熱いか、とか。人のプライベートな領域にまで土足で踏み込むのはどうなんだ、正直な話。
頭というのは叩くものじゃない、使うためにあるものなのだ。今こうして、ぐるぐると、どうしようもないことをふつふつと沸騰させてゆくように、今後の身の振り方とかを考えるために使うべきもの。
また斬りかかろうか。
刀の柄に手を添えたその時、黒髪が振り返り、笑う。


「置いてくぞ、総悟」


その勝ち誇った笑み、に全身の血が沸く。細まっても開いている瞳孔に脚はすくむし、めまいもするし、あまりにもふつふつ煮込みすぎてどろどろになった脳みそのせいで世界がピンクに見えたりも、する。
向き直って歩き出すその背中に斬りかかるにはここは人通りが多い。
今まで溜りに溜まった恐怖と焦燥と怒りとイライラが混ざり合い、溶け合い、混沌とした言葉の渦を更にかき乱してゆく。
顔、が、熱い。
黒髪の隙間から覗く開いた瞳孔を湛えた目が、見ている。
傷物にした責任を取らせるために、その背中を追いかける今日この日、握った刀を唸らせながら遠ざかる背中を追いかけながら。









(どうしよう、あたまのなかに春がきた!!)