「ケイはどう思う」

グレーのマフラーを顎まで巻いてもごもご言った声はしっかりと彼の耳に届いたようで、少年、ケイは、何がとこちらを振り向いた。

2歩先で立ち止まったままのケイの隣に追いつき、また一緒に歩き出す。

「今日の先生の話。ウチュウジンがどうとかっていうやつ」

「ああ、理科の。どうって」

「どうって、つまり、いるかいないかってさ」

「どうかな」

おまえの意見を聞いてるんだよ、とコウタが頬を膨らませても、ケイはやっぱり、どうかな、と言うだけで答えてはくれなかった。









空を見上げると、都会の光に抵抗するように、幾粒かの弱々しい光が瞬いている。

今日の月はまるで猫の目のように細く淡く、夜の闇はいつもより深く見えた。

鼻の奥がツンとするような、冬の空気だ。夜のにおい。遠くから犬の遠吠え、車のエンジン音、人の生きる音が聞こえてくる。

「コウタ、踏み切り」

空を見上げながら歩いていると、ケイが腕をそっと掴んで引き止めた。

気が付けば目の前に踏み切りがあった。いつも通る道だから、そこにあるのはわかっていたけれど、思わずドキリとする。

丁度のタイミングで遮断機が下りてきて、カンカンとけたたましい音が鳴り始めた。

「あんがと」

「よそ見していると危ないよ」

ウン、と頷く。明滅する赤いライトに照らされたケイはいつもより少し大人っぽく見える。









「コウタは、」

ケイが口を開く。

「コウタは、どう思うの?」

「何が?」

「ウチュウジン」

カンカンカンカン。ここの踏み切りは長い。まだ電車はこない。

「うーん」

もう一度、空を見上げる。









ずっと、闇は広く果てしなく、この星はあまりにも小さく、狭いものであるような気がしていた。

世界がこのままで終わるには、まだ何かが足りない。

見つけるべきもの、出会うべきもの、知るべきことがまだまだたくさん、それこそ、星の数ほどあるように思う。

愛すべきものがまだたくさん、あるように思う。









「いるんじゃないかな」

一言口にする。それで十分なような気がした。

「そう」

「うん、いるよ。宇宙広いし。暗いし」

「意味わかんないよ」

はは、とケイが笑った。

「ケイはどうなんだよ。いる?いない?」

「僕は、」

カンカンカンカン。

遠くから枕木の軋む音が聞こえてくる。電車が来た。ごうごうと風を切り裂いて走り抜ける。

「          」

ケイが何かを呟く。轟音で何も聞こえない。

「なんだよ、何言ってんの?」

叫ぶように問い返すが、ケイは少し笑うだけで口を閉ざした。









電車が通り過ぎた。

遮断機が上がって、立ち往生していた車や歩行者が動き始める。二人はその流れに逆らうように、ぽつんと立ち尽くしたままだった。

「ケイ、さっきなんて言ったんだよ」

「別に」

「なんだよ、いるのかいないのか、気になるだろ。言えよ」

「僕が言って何か変わるわけじゃないよ」

「そりゃそうだけど」

納得がいかないまま、促されてまた歩き出す。









ウチュウジンがどうとかいう話はそこで終わって、今日の授業の話、昨日のテレビドラマの話、明日は雨が降るらしいとか、今度の日曜に映画を見に行こうとか、そういう他愛もない話題で盛り上がった。

それから少し行った道の先、十字路の右と左で道が分かれる。お互いの家はあと50m行ったあたりにある。

ここでケイと別れると、いつも、ああ今日も一日が終わった、という気分になった。それはずっと昔、まだ幼稚園に通っていた頃からの習慣だった。

「じゃな、ケイ。また明日」

「うん、また明日。気をつけて」

いつもの気をつけて、を聞きながら後ろ手に手を振る。

今日の夕飯はなんだろうとか、そんなことを考えながら。



















「コウタ」




ケイが呟く。




「宇宙は広くて寒くて暗いところだよ」

「ケイ?」

「でも僕は、コウタを見つけたから」




振り返り、彼を見遣る。




「だから、ここにいるよ」




静かに語る彼の目はきらきらと煌いていて、まるで夜空に輝く星のようだと思う。




ウン、とまた、頷く。

何故か流れ落ちる涙に濡れた頬は、すぐに暖かな指先で優しく拭われ、冬の風の寒さを忘れた。



















アルファ・ケンタウリよりきみへ