まばたき
みどりいろのめがきれいだ。
ぼくはきみのめが好きだ。
いつもそういうのだけれど、彼はあんまり相手にしてくれない。
きみのめが好きだ。きみが、好きだ。
ぼくは本当に、きみのことが、食べてしまいたいくらい好きなんだよ。
いくらいっても聞いてくれない。あーうん、そう、はい。生返事ばっかり。
きみはぼくをあまり見てはくれない。
ぼくはきみのめが好きだ。ずっと見ていたいし、きみのそのめにぼくを映してほしいよ。
「おねがい、まばたきしないで」
「無茶ゆーな、ばか」
放課後、こっそり忍び込んだ屋上で、ぼくらはよく夕日や星や月なんかを見る。
屋上に続くドアのカギが壊れているのを発見したのは彼で、それをぼくに教えてくれたのも彼だ。
ぼくだけに教えてくれたのだ。だからこの屋上は、ぼくと彼だけのものだ。
錆びた鉄柵の前に腰掛けて、鉄の棒の間から両足を出してぶらぶら揺らす。
今日はあんまり風がなくって、首に巻いたマフラーも動かなくって、彼の揺れる足と時折まばたくめだけが動いてる。
ぼくには空を飛んでく鳥なんか見えない。ゆっくり流れてく雲も見えない。
静かに沈んでいく太陽だって、少しずつにじみ出る月だって、つっついたみたいにきらきらする星だって、ぼくには見えない。
ぼくの世界は、ぼくと、彼と、それ以外で、ぼくはそれ以外のとこに興味がないからだ。
彼のめにちょっぴり映りこんだ世界を掠め取るだけ。それで十分。
「まばたき、しないでよ」
「目、乾いちまうよ。痛いんだから」
「ぼくがなめてあげる」
「きしょいよ」
「ひどい」
「ひどくない。おまえ、俺の目ん玉舐めるっていうか、えぐりそうでこえーよ」
「そんなこと...」
逡巡する。彼のみどりのめ。おじいさんがどこだかの国の人なんだそうだ。
みどりのめ。
なめたらきっととても甘い。口の中で転がしたらきっと、きっと、
「...しちゃうかも」
「やっぱり!サイコだぁ」
「だってきみのめ、きれいなんだもん」
「聞き飽きた」
「何度だっていうもん。きみはきれいだ」
彼は鉄柵にごりっと頭を擦り付けた。短い髪、おでこが赤くなっちゃう。
うつむいた彼のめに沈む夕日が映る。わーあ、ゆうやけ。きれいだなあ。
「きみのめを通して見るものは全部きれいだ」
カラスがカアカア鳴いている。きみもきっと聞いてる。遠くの方で大きなクラクションの音。
もくもく、よくないものをたくさん出して生きてる。世界はきたない。
でもきみはきれいだ。きみの世界はきれいだ。
「きみはほんとうに、きれいだ。ぼくはきみの全部が好きだ」
ゆっくり、彼のみどりいろのめが暗くなっていく。夕日が沈む。
もうすぐ月がでて、彼のめは昼とは違って、刺すように鋭くきらきらと、まるで星屑のように光る。
「好きだよ。大好きなんだ。きみはぼくの世界だ」
彼のうつむいたままだっためがチラとぼくを見る。
瞬間、ぼくは胸がきゅうんとなって、ほっぺたとか、肩のあたりとか、指先とかがむずむずして、すごく幸せな気持ちになる。
「おまえ、そんなことばっかり」
「だって本当のことなんだ」
「...へんたい」
「いーよ。ぼくへんたいでも」
少し顔を起こした彼のめの端にちゅっとキスをする。
本当は甘くて美味しそうなそのめをぺろりとなめてみたいところなんだけど、そんなことしたら本当に嫌われちゃうかもしれないから我慢する。
「まばたき」
彼がいう。
「...ちょっとなら、我慢してやる」
今日の月がぴかぴか銀色に光って、彼のめもいつもよりずっとずっときれいに光って、ぼくはもう一度、今度はめじゃなくて唇に、軽く触れて笑う。
(これ高校3年くらいと思ってくださ...ひらがな多くて申し訳!)