佐助はよくよく笑う男だ。
いつもにんまり、にやにや笑っていて、時折怒ったりするけれど、大抵それもすぐにあきれたような笑顔に変わる。
幸村は一度、佐助に問うたことがある。
なぜいつも、お前はそんなにも笑っているのだ、と。
佐助は一瞬きょとんとして、でもすぐにいつもの笑顔に戻り、曖昧な返事でごまかした。
そして今幸村は想う。あの佐助の笑みの意味を。
ある時、幸村は一人の青年と知り合った。
名を佐野一成といい、幸村と同じく武田に仕える若武者だった。
年も近く武芸も達者で、何より幸村と同じく甘味好きだったために、二人が仲良くなるのは容易いことで、稽古を共にし互いに笑い合った。
一成は賢い男で、幸村の知らないことをたくさん知っていた。
幸村もまた同じく賢い男であったから、二人の間で会話が途切れることもなく、いつしか佐助の淹れるお茶は二人分、出される茶菓子も倍の量になった。
「幸村は腕が立つな。俺はちっとも敵わない」
稽古の後、よく一成は幸村にそう言った。
お前の槍は天下一だよ、と。
幸村は、自信のあることをまっすぐに褒めてくれる一成の言葉が嬉しく、こそばゆく、そう言われる度にまだまだ腕を磨かねばとはにかんだ。
そうして一時の間、穏やかな時間が流れたが、世は戦乱、二人が戦に出るという折になった。
佐助も同じく戦場に出て、よい働きをしていたのだろう。
その時は幸村と一成、二人で背中を合せ闘っていたので、佐助の姿を見ることはなかった。
幸村は自分の影が傍にいないことに少し違和感を感じつつも、必死になって槍を振るった。
ただ無心に、敵を殺す。たくさんの血を流した。
武田の敵の血、そして、武田のための血も。
一瞬のことだった。
貫くような殺気に、咄嗟に身をよじった幸村の頬を鋭い矢がかすめ、それが背後で刀を振るっていた一成の背にぶつりと鈍い音をたてて突き刺さる。
「一成、」
甲冑の隙間から、まるで冗談のように一本、まっすぐに、一成の背に矢が突き立っている。
彼は眼を見開き、口をぱくぱくと動かし何事か呟いた一瞬後、どうとそのままばったりと倒れ、動かなくなった。
いつも目にする光景であるのに、幸村にはそれが恐ろしく、おぞましいものに思えて、足が震えた。
戦場で恐怖を感じるなど、それが初めてのことだった。
空は青く高い。
それから幸村はまた敵を殺した。かかってくる者を全員殺した。
気づけば荒く息をつく自分以外にはだれもおらず、ずっと高いところで鳶がぐるぐると回っていた。
一成の姿は見つけられなかった。
しばらくして、険しい顔つきの佐助がやってきて、幸村は本陣に連れ戻された。
想う。思い出す。一成の笑み。佐助の笑み。
明日、死ぬかもしれない者が、目の前で笑う痛み。
恐ろしくおぞましい死の影。自分の行い。
(強くなろう)
奪ったものに報いる、そのためではなく、今日また笑えるように。
(強くなろう、誰よりも)
君、死にたもうことなかれ