静かな夜だった。
大きな戦の後はいつも夜は静かに感じる。
昨日まで居た者が居なくなる。命が一つ消える。
声の余りに少ないものだから、星の瞬く音すら聞こえてしまいそうだ。
「飲まないのかァ」
ぐいと猪口を煽りながら言う。
「黙らぬか。静かな夜だと言うのに、無粋な男だな」
静かだから、喋るんじゃねえか。元親は思う。しかし言葉には出さない。
痛いのはみんな一緒だ。誰も彼もが心で泣いてる。涙を流すだけが悲しみじゃない。
手酌でまた、酒を煽る。喉を焼くような感覚が、そのまますとんと胃に落ちる。




元就と二人で酒を飲むのは初めてだった。
同盟を組むという会合の折、酒を酌み交わしたことはあったが、二人きりではなかった。
勝ち戦の後の宴会などは、元親は先陣切って盛り上げる方だし、元就はそういう騒ぎが好きではなかったから、こうしてしんみりとした酒を飲む日がくるとは思ってもいなかった。
先日の戦も勝ち戦だった。元親はいつも通り大宴会で大騒ぎしていたのだが、その中にぽつんと立っていた元就を見つけて広間を出た。
襖を閉めて聞けば、「酌をしろ」。
素直じゃないなと思いながらも、そんなこと改めて思うまでもなく分かりきっているのだから、素直に頷いて離れの部屋に二人で篭った。




「月が細いな」
「それがどうした」
「鳥のな、羽がよ。落ちるときの形に似てる」
元就はそれを聞くと、フンと興味のなさそうに鼻を鳴らしてちびりと酒を舐める。
海辺にあるその部屋は、開け放した襖の方から僅かに磯の馨が漂い、生い茂る木々より更に奥には果てもない、海が見える。
細く輝く下弦の月がゆれる水面に輝いて、幽玄の風情とはこのことだなと納得させられる景色だ。
暫くは無言が続いた。互い勝手に酒を飲み、元親はぐいと飲んでは少し間をおき、元就は少しずつゆっくりと唇を湿らせる。
居心地の悪い沈黙ではなかった。
ただ少し悲しかった。潮騒の響く中で、何かが胸を痛めていた。
「...元就」
「なんだ」
「急に...なんで、俺と酒飲もうと思ったんだ」
元親の問いに彼は黙ったままだった。
じっとまっすぐに、冷たい目で、元親を見つめる。
いつもの鉄面皮のように見えて、実はそうではないことに元親は気付いていた。
なんと言ったらいいのかわからない。戸惑いが見て取れる。
「死んだからか」
元就の返事を待たずに続ける。
「あんまりたくさん、死んだもんだから、」
答えなど聞かなくてもわかっているのだ。
兵士を駒と呼び非情に振舞うこの男だって、流す涙を持っていることを元親は知っている。
「でも吐き出せないんだな。お前は毛利元就だから」
「黙れ」
「背負うもんが多すぎて立ってられなくなったんだろ」
「黙れといっている」
「元就」
「黙れ!」
薄い唇が憤怒に歪み、冷酷な光を秘める瞳は常とは違いぎらぎらと光っている。
わかるのだ、元就にも。
ただ受け入れることができずにいるだけだ。
元親は思う。この男は、自分を強く見せようとする。兵士に「絶対」を見せようとする。
「俺は」
「興が削がれた。我は戻る」
元就は乱暴に猪口を置くと、立ち上がり廊下へ足を向けた。
弱みを暴かれそうになった苛立ちと、勢いで弱みを見せかけてしまった自分に対する怒りからか、振る舞いは荒い。
「もう貴様とは飲まぬ」
そう吐き捨てるように呟くと、元就は一度だけ元親の目を見て、そしてすぐにふいとそっぽを向いてしまった。
元親はと言うと、まあこんなものだろうとその反応を受け入れていた。
しかしそのままにするのもなんだ。元就が苦しんでいるのに。
「元就」
ギシと廊下の床板が軋む。一歩踏み出したところで声をかけられて、元就は不満そうに「なんだ」と返す。
元親は、立ち上がり元就の白い手を掴んだ。
「何を、」
「俺」
驚いて振りほどこうとする元就を、今度は強く抱きしめる。力では絶対に負けない。
「今からお前に、酷いことするぜ」
腕の中で暴れる元就に囁く。小さな身体だ。独りきりで戦うには余りにも弱い。彼は悲しみを知ろうとしない。














ありったけの罵声を浴びせられながら、乱暴に元就を部屋に引きずり込み、押し倒す。
どうしようもなく、夜は静かで、遠くから聞こえるはずの宴会の大騒ぎもここには届かない。
「やめろ、」
「やめねえよ」
「我を愚弄するか!」
「する。弄ぶ。これでもかってくらい酷いことをする」
「な、」
俺は酷い男だ。最低な男だ。暴力を振るうし、蹂躙する。心を荒らす。
そう自分で考えながら、まだ達者な口を噛み付くように塞いでやる。
元就の唇は熱かった。酒に痺れているのか、うずくようにわななく。
(違うか、怒ってるんだな)
何かを喋ろうとして開いた唇から舌を差し込むと、噛みつかれた。
それでも構わずに口内を舐め回すと、なんともいえない声が鼻から抜けるのが聞こえた。
血の味がする。塩辛く、鉄くさい。命の味。
お前も知っているんだろう。この味を知っているんだろう。
そう言い聞かせるように、縮こまってしまった元就の舌を絡めとった。
押さえつけた両腕の力が抜けることはなかった。
仕方なく、片手で元就の両手首を畳に押し付け、開いたほうの手で着物の帯を解く。
ほとんど寝巻きのようなものだというのに、きっちりと丁寧に結ばれていたそれは、無骨な元親の手で解くのは少々難しかった。
(何もかもが堅い)
口を塞いだまま、舌を絡めたまま、徐々に露になる素肌に触れる。
酒が回り熱くなった体は、触れると面白いようによく跳ねた。
(熱いくせに、殻に閉じこもりやがって)
わき腹を指先でなで上げると、喉の奥で元就がうめくのを感じた。
一度口を離し、至近距離からまっすぐに目を見つめる。
「...やめろ」
元就は真っ赤になった頬を引き攣らせながら、一言呟いた。
手負いの獣が唸るようなその声に元親は思わず笑ってしまう。
それが更に癇に障ったのか、元就は一度はゆるくなった抵抗を更に激しくした。
「俺はな、元就」
暴れる足の上に座り、腕は相変わらず頭の上にとめたまま、幼子に言い聞かせるように元親は言う。
「酷い男なんだ。嫌がるお前にこんな風にな、」
片手で左胸を触る。
僅かに膨らんだ頂を少し強めにつねると、元就がぐうとまた喉の奥で唸った。
「酷いことするんだ。痛くて苦しいことをする。お前は、嫌なのに」
今度はゆっくりと指の腹で撫でさする。
手のひらを心臓の上にあてると、驚くほどの速さで脈を打っていた。
「嫌なのにな。悔しいだろ。俺が憎いだろ」
元就は唇をかみ締めうつむいていた。
頭の悪い男ではないのだ、お互いに。そしてもう無垢な子供でもない。
元親は、彼の抵抗が形だけのものに変わっていくのを少しずつ待ちながら、ゆっくりと胸を弄り続けた。
時折爪の先できつく押すと、今度は痛みではなくひくと身体がうごめくのを感じる。
「酷い男なんだ」
元親は呟くと、元就の腕を押さえる力を僅かに抜いた。




胸の頂は指先で弄られぷっくりと赤く腫れあがっていた。
僅かな月の光の中でもわかるそれに、血まみれの舌を這わす。
ア、と僅かに声が漏れたのを聞いたが、聞かないフリをした。
元就は両手が自由になっても、もう暴れたりはしなかった。
ただ、受け入れることはしない。すがりついたりはしない。抵抗ができないというだけで、許したわけではない。
元親は、元就の胸に額をこすりつけた。
己の銀髪がこすれてじゃりと音を立てるのを骨で聞いた。
痛む。戦の度に、誰かを亡くす度に、痛むのだ。
元親は、仲間を家族同然に思っている。いつだって傍に居る。自分を信じて付いて来てくれる。
家族が死んで悲しくないやつがいるものか。元就だって。
そうだ、元就だって。
下穿きをゆるく押し上げる元就自身をやわらかく握る。
熱い。手のひらか、元就か。多分どちらも。
邪魔な布をするりと取り去ると、さすがに少し照れたのか足をもぞもぞと動かした。
「元、親」
返事はしない。
ずっと足を押さえていた身体を下にずらし、硬くなっている元就自身をためらいもなく口に含む。
反射的に跳ねた膝に胸を叩かれ少しむせたが、それも別段気にはならなかった。
口の中に広がるなんともいえない味。元就はどんな顔をしているだろうか。
上目に見てみれば、両腕で顔を覆い隠していて、かみ締めた唇しか見えなかった。




男とするのははじめてじゃない。元親は感情を込めないように注意を払いながら、ゆっくりと元就の中をほぐす。
酷いことだ。最低な男だ。力にものを言わせて乱暴を働いているのだ。
実を言えば元親は彼を愛していた。なんというか、情欲よりも先立つ感情は、これは多分仲間に向ける心に似ている。
独りで何もかも上手く事を運ぶ。非情な仮面。
人を人として見ていれば、戦の後などもう立ってはいられないのだろう。
元親だってそうだった。戦の後はどうしようもないのだ。
けれど支えてくれる仲間たちがいるから、まだ立っていられる。人を人として見ることができる。
弱みを見せられる強さが、元親にはあって、元就にはないのだ。
それだけの違いでこんなにも、
(...こんなに、も、)
元親は己の下穿きを取り払い、先端を入り口にぐっとあてた。
彼が息を呑むのがわかる。そうだ、俺はこれからお前に酷いことをするんだ。
なるべく傷つかないように十分にほぐしたつもりだったが、初めてするときに痛くないわけがない。
ぐ、と腰を押し込むと、元就がとうとう声を上げた。悲痛な、泣き声にも似た。
大丈夫だからとか、優しくしてやるからとか、そういう言葉が浮かんでは喉元を掠めて、また心の奥にひっこんでいく。
ただ力んで引き攣る腹筋をゆっくりと撫で、痛みで萎えた自身をゆるゆると扱いてやる。
「あ、あ、」
そうして、騙し騙しにどうにか全てを押し込み、一息つく。元就はもう唇をかみ締めてはいなかった。
ただ、はっはっと浅い呼吸を繰り返し、しかしまだ顔を覆っている。多分これからも、ずっと。
「全部入った」
「、う」
「痛いよなァ」
「...!」
ぐいと腰を動かすと、ひゅっと元就の喉が妙な音を立てて震えた。
「痛いよなァ、苦しいよなァ」
震える元就自身を扱きながら、ゆっくりと腰を引く。ぐ、くぷ、と潤滑剤につかった油がぬめった音を立てる。
「男にさ、こんなことされて」
胸の頂に顔を寄せ、噛み付く。
「悔しいよなァ」
鎖骨にきつく吸い付き、跡を残す。
「俺が憎くて、力じゃ勝てなくて」
首筋を舌でたどり、唇へ。
「痛くて苦しくて、悔しくて憎らしくて」
じわりと血の滲んだ唇を舐める。
「うぅ、う、」
「涙が出ちまうよなァ」
「た、わけ、」
ぎりぎりまで引き抜いていたそれを、言い終わる前に勢いよく再び中に沈める。
「あぁ、う、ッ、」
元就。
人は独りでは生きていけないということを、認めたくないと、拒み続ける。
失いたくない。だから持たない。
間違っているとは、元親は、思わなかった。思えなかった。
ただそれはあまりにも辛すぎる道だった。
独りで生きるには、この戦乱の世は余りにも寒すぎる。
「元就」
ずうっと顔を覆っていた両手を、無理やりどかす。
頭の両脇に縫い付けて、唇を舐めてからよくよく見れば、目は真っ赤になっていて、玉のような瞳には薄い涙の膜が輝いていた。
もう一度、腰を引く。打ち付ける。それをただ、繰り返す。
ずっと、顔をまっすぐに見たままにそれをしていると、思ったとおり元就の真っ赤な目じりから、しずくがぽろぽろと零れ落ちはじめた。
「、見るな、見るな...っ」
元就もそれに気付いて、必死に首を振る。
弱い自分はだめだ。まっすぐに立っていなくてはだめだ。元就の強がりは、しかし元親の目には哀れに映って仕方がない。
(支えて、やれない)
そしてそれを見る度、自分の無力さをかみ締める。
(逃げ場なんかない、乱世には)
「痛いだろ、苦しいだろ」
「見るな...!」
「酷いことされて悔しいだろ」
「見る、な...」
涙を拭うことはしてやらなかった。
血の滲む唇をただ舐めながら腰を振った。
元親の舌から滲んだ血とそれはまざって溶ける。熱く。どこまでも。
「見るな...」
元就は泣いた。泣いていた。ずっと。
扱かれて、無理やり達させられ、元親の精を腹に受け止めて、泣いていた。
いつからか、潮騒は遠く引いて、月は雲に隠れ、涙の落ちる濡れた音がしんしんと耳に残った。




(涙は人の作る最も小さな海という、)
(そういう言葉を、元就、おまえは、知っているだろうか)
(お前の心に溜まりこんだその海はいつか、)
(潮騒を、響かせるんだろうか)




泣き続ける元就を抱きしめる。
強くはない。今だけは。

明日の朝にはまた彼は立ち上がるだろう。 たった独り、血溜まりの中に、静かな海を抱えながら。














海、鳴く鳥の泣かず涙は還り


(潮騒は優しく、羽のような月の輝く夜に)