そこは、広く、果てしなく、嘗め尽くす炎のような赤の華が咲き渡っているのだという。
戦場で赤い炎を見た。
カンと響くような青い空を背に燃え上がる。
それは彼の人の魂の叫びのような、与えるために奪うその痛みの形のような、鮮やかなものだった。
「さ、す」
声がぷつりと途切れる。やだなあ旦那、なんて顔してるの。
遠くからでも分かる主の姿、泣きそうな目。子犬みたいだねぇなんて言って、ああもう、俺、笑えない。
いっぱいの足音。地面から血のにおい。わぁん、わぁん、と音が大きくなって小さくなって、もう自分の中の音さえも聞こえない。
駆け寄る赤い姿。頬に触れる手は熱い。握り返してやりたい。もう指先も動かない。
「佐 、死 な、某を置 逝く 、」
きこえないよ旦那、なぁんにも、きこえない。
世界がだんだん真っ暗になって、瞼の裏まで色をなくして、あーあ、なんにも、
なぁんにも。
旦那の泣き顔も呼び声も触れる手のひらもわからないよ。
旦那。
旦那、どこにいるの?
(俺様ってば、三途の川の渡り賃、持ってたっけ)
あぁ、と気付く。六文銭なんてね、旦那くらいしか常備してないの。俺様身ぐるみはがされちゃった。
血も泥もついていないまっさらな着物を着て、独りきりで川べりに立ち尽くす。
川向こうには一艘の渡舟がいて、こぎ手の者は真っ白い着物を羽織り反対側を向いている。
振り返れば、どこからか吹く風にゆれる華が炎のように舞い踊っていた。
旦那、旦那、ここはどこもかしこも真っ赤でさ、まるで旦那に抱かれているようだよ。
こんなことを言ったら、旦那はまた破廉恥って言って怒るかなあ。
でもねえ、こんな風に全部全部、旦那とおそろいの色ならね、彼岸ってのも悪くないって、思っちゃうよ。
忍装束を脱いで、真っ白な着物を着て、赤い炎の海で手を広げて、何をすることもなく。
(なにくそ、暇だね、こりゃ)
主はきっとまだ戦場で、真っ赤な炎を立ち上らせて二槍を振るっているのだろう。
(旦那がくるまでもう少し、ここで暇でも潰してるかな)
そこは、広く、果てしなく、嘗め尽くす炎のような赤の華が咲き渡っているのだという。
川辺には幼子の積む石の塔が並び、ひたすらに渡河を待つ船守と白い忍が立ち尽くす。
空はまだ響くような青さで、彼の魂の声を待つばかり。
賽の河原で会いましょう