平日の昼下がり。
そろそろ時計の針も4時を回り、適当に街をぶらついていた足を家の方向に向けた。
朝の10時ごろに本屋に出かけて、それからしばらく色んなところを回っては店を冷やかしていて、それで気付いたのだが、今日はいわゆるバレンタインという日だ。
学校があれば、いくらか仲のいい女子にチョコをもらえるかもしれなかったが、今日は生憎休日で(高校3年生というのは休みが多いものだ)、甘いものは望めそうにない。
男の割には甘味好きなので少々残念だったが、まあチョコくらいいつでも食べれるし、多分家に帰れば妹がなにか作ってるだろうから、それを少しつまみ食いしてしまえ、と考え直す。
それに明日は登校日だ。運がよければ、何かもらえる。楽しみだ。




街はピンク色に染まっていた。セント・バレンタインデー。
さまざまな店がそれぞれ趣向を凝らしてディスプレイをし、「今日はバレンタインですよ!女の子たち、商品を買いなさい!」とばかりに力いっぱいアピールをしている。
俺は別に、そういうところに居辛いとか感じることはないので、思う存分一人でウィンドウショッピングを楽しんだが、人の多さときゃあきゃあうるさい声は少し迷惑だった。
まあ目的の物も買えたし、暇も潰せたし、いいか。
そう思いながら家に向かって歩いていると、大型の商店の並ぶ地域から少しいったあたり、幾らか静かになりはじめた住宅街のあたりで、後ろからいきなり名前を呼ばれた。
「木村!」
この声は多分星野だ。同じクラスで、結構仲がいい。というか、かなり。
「ん、よお、」
おまえも買い物してたの?と振り返った瞬間、目に入ったのは細かな指紋のひとつひとつまで見て取れそうなほどに近い星野の指先だった。
それはそのまま文字通り目に、入った。
「ギャアー!」
「わはは、目潰しー!」
「目が、目があぁぁぁ!」
「ムスカ!ムスカ!」
正直な話、本気で悶絶するほど両目が痛い。痛い。マジで。
「今日な!バレンタインだからさ!」
「バレンタインは友人に目潰しする日じゃねえ!」
「知ってる!だからな!じゃーな!」
星野はいつもどおり、元気有り余ってます!といった感じで笑いながら走り去っていった。
まったく嵐のような男だ。




「何が、だからな、だよ...」
くそ、と呟いて、いつもの癖でポケットに手を突っ込むと、そこに何か硬いものが入っているのを感じた。
なんじゃこら、と思って取り出してみると、赤とシルバーの見覚えのあるパッケージ。
GABA。ストレス社会で戦うあなたに。
「...あいつ...」
俺はそのチョコをじっと見つめながら、なんとなくじわじわと胸の奥から湧いてくる感情に任せて呟いた。
「おまえがストレスだよ...」














07/02/14
ハッピーバレンタイン!
Sputnik 東鳩